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れこめんどDVD:「ダーウィンの悪夢」DVDレビュー(2/2 ページ)

» 2007年07月27日 08時47分 公開
[龍崎登,ITmedia]
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きっかけは1機の貨物機

 監督は信じがたい映像を補完するかのように、地元の人のインタビューからその実情を言葉にして示していく。その中で明らかに意図的に映し出されるのが貨物飛行機の映像だ。

 監督はルワンダ難民の実態を追った前作「KISANGANI DIARY」の製作中にたまたま目撃した1機の貨物機から本作の構想を得たという。その貨物機が運んでいたのがこのナイルパーチだった。そしてそれを追ううちにセンセーショナルな事実が発覚したという。

 ナイルパーチを満杯に詰め込んで世界に飛び立っていく貨物機。では、来るときには一体何を運んでいるのか。関係者はみな口をそろえて「何も入ってない、空でやってくる」と言う。まさかナイルパーチを運ぶためだけに、わざわざ空の貨物機を送り込むはずがない。

 監督はやがてこの貨物機がアフリカで使われる武器を運んでくるのではないかという推測をするようになる。欧州の国々が武器・弾薬をアフリカに売り込み、帰りにナイルパーチを運んで戻るのではないかと。

 1匹の魚がもたらした生態系の破壊や負の連鎖だけなら、タンザニアだけで完結してしまう。だが、監督が貨物機を何度も映し出すのは、これが悪夢のグローバリゼーションを起こしているという一種の暗示だからだ。

アフリカの貧困問題とダーウィンの進化論のつながり

 アフリカの構造的な貧困問題に世界の裕福な国々が荷担している。つまりは富める資本主義国が、貧しいアフリカを食い荒らす負のグローバル経済ができあがっているのではないかと。

 ある地元住人は言う。「創造主は限られた資源しか与えなかった。人間はこの資源を奪い合おうとする。奪う者と奪われる者。強いものだけが生き残る、それこそが弱肉強食の掟だ」。

 こうなると、ここまで映し出されていたタンザニアの実態が、見方を広げると、まるでダーウィンの進化論にもつながる、弱肉強食、適者生存の構造に見えてくるから恐ろしい。資本主義国を中心とするグローバル経済が、アフリカを食い物にする。それはアフリカだけでなく、世界の縮図として各地で行われているというのが、このドキュメンタリーの主張だろう。

本当の悪夢は始まったばかり

 悪夢のグローバリゼーション。1匹の魚から、ここまで地球規模の問題を提起するその手腕に脱帽だが、われわれ日本人がその当事者というのを忘れてはならない。

 タンザニアにおけるナイルパーチの最大輸出先は欧州に次ぎ、日本は第2位。冒頭にある白身魚のフライは我々日本人の食卓に並ぶ身近な食べ物であり、誰もが一度は口にしたことがあるだろう。知らず知らずのうちに我々はもうこの悪夢のグローバリゼーションに組み込まれていることになる。名前さえ知らずに食べていたものにこんな裏事情があるとは、もはや疑問解決どころの話ではない。

 では、このような事実を知った上で何をすればいいのか。本作はアカデミー賞にノミネートされるなど世界各国で絶賛される一方で、タンザニアの現状と違うという批判も続出。タンザニア政府も公式に非難している。この目で見ない限りはどちらが正しいかはわからないが、ナイルパーチ自体に罪があるわけでもなく、食べたから罪になるわけでもないことは確かだろう。

 また、欧州では本作が公開されてナイルパーチの不買運動が起こったというが、それは富める者の奢りにも思える。なぜなら、これはただナイルパーチを題材にしただけであって、これをチョコレートやバナナ、ダイヤモンドに置き換えても当てはまる話だからだ。

 では一体どうすればいいのか?絶賛するのも、非難するのも、知ったつもりでいるのも、知らないフリをするのも……、考えても考えても何か具体的にできるわけでもない。

 一匹の魚から始まる悪夢のグローバリゼーション。本当の悪夢は観終わった後からジワジワ始まるのだ。

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