前述したように、System 7の時代は機能拡張の時代だ。ちょっとした改良から、PCを新たなパラダイムに導く(可能性があった)ものまで、さまざまな技術が開発された。
1993年には、企業ユーザーに役立ちそうな機能だけを集めた「System 7 Pro」というOSも登場した。
これにはAppleScriptが標準で搭載されたほか、Mac OSにインターネット通信機能を融合する「PowerTalk」という機能も内蔵されており、デスクトップ上にHDDのアイコンと一緒に電子メールの受信箱が表示された。
この受信箱を開くと、インターネット経由のメールはもちろん、(ゲートウェイプラグインというプラグインを追加することで)パソコン通信サービス経由で受信した電子メールもまとめて表示できた。ユニバーサルメールボックス環境を実現していたわけだ。
さらに暗号化技術も実装されており、あるメールを書いた人が誰なのかを保証する電子署名を施すことも可能だった。もしPowerTalkが成功し、普及していれば、今日のような迷惑メールやなりすましメールは、存在しなかったかもしれない。
一方、同じ1992年頃から、アップルはそれまでPCを触ったことがなかった一般コンシューマー向けに、PerformaというMac新シリーズを提供。こちらにはSystem 7.xPというバージョンのOSを搭載した。
起動するといきなりAtEaseというアプリケーションランチャーが立ち上がり、プリインストールのアプリケーション一覧が現れるため、Finderの操作を覚える必要もなかった(後期のPerformaでは、AtEaseの利用はオプションになった)。
このように当時アップルは、Mac OSを初心者用、一般ユーザー用、企業用の3種類に分化させることを考えていた。しかしPro版Mac OSは、結局のところ1代限りで終わり、AppleScriptやPowerTalkなどの機能は、その後1994年に登場したSystem 7.5に統合されていく。
PowerTalk、System 7 Pro、Performa、AtEase
System 7.5は、とにかく機能がてんこもりだった。Windows 95がリリースされる直前のOSだったということもあり、アップルはSystem 7.5がWindowsよりも多くの機能を搭載していることを強調しようとしたのだ。
しかし、そうした“数多くの機能”には、元々フリーウェアやシェアウェアだったものを買収し、標準化させたものも少なくない。
例えばメニューバーに表示される時計は「SuperClock」というフリーウェアが元になっていたし、ウィンドウをダブルクリックしてタイトル部分だけにしてしまう「WindowsShade」という機能も、元々はRob Johnstonという人のシェアウェアだった。
アップルメニューに登録したフォルダから階層メニューを表示する機能も、「HAM」(Heirarchical Apple Menu)や「Now Utilities」というパッケージの「Now Menu」、さらにはシェアウェアの「BeHierarchic」で実現されていた機能をアップルが採用したものだ。
これらに加え、ノート型Macでシステム設定を簡単に切り替えられるようにするコントロールバーなど、System 7.5ではユーザーも一度には把握しきれないほど多くの機能が追加された。しかし、それと同時にシステムは一気に不安定になった。
「Macはよく爆弾マークが出る」というイメージが定着したのはこの頃だ。
当時Mac OSがフリーズしたとき、(運がよければ)表示されるダイアログには爆弾マークが描かれており、ユーザーはかなりの頻度でその爆弾を眺めることになった。この爆弾マークはそれ以前のシステムでもよく出ていたが、System 7.5は特に不安定だった。
そして、1996年9月に安定性重視のSystem 7.5.5が出るまで、約2年の間にSystem 7.5、7.5.1、7.5.2、7.5.3、7.5.4、7.5.5と、なんと6つのOSがリリースされることになった。
アップルメニューオプション
System 7時代に追加された機能の中でも、特に重要な機能が5つある。すでに紹介したAppleScriptとPowerTalk、OpenDoc、そして「QuidkDraw GX」と「OpenTransport」だ。
QuickDrawとは、初代Macから搭載されていたグラフィックスエンジンのこと。QuickDrawは初期のMacの画面解像度にあわせて72dpi(72ドット/インチ)をベースにした設計になっていたが、QuickDraw GXではより柔軟な画面描画をめざした。Adobeへの依存度をなくすため、画面描画エンジンと同じ技術に基づいた印刷エンジンも統合していた。
当時、DTP市場はPostscript技術をライセンスした高価なプリンタが独占しており、DTPをやるにはAdobeの技術に頼らなければならない雰囲気があった。
アップルはこれを打破しようとしていた。QuickDraw GX技術に最適化したアプリケーションを使えば、普通のインクジェットプリンタでも、Postscript並みの高品位印刷が可能になる。おまけに印刷前に作られるスプールファイルが、今日のPDFと同じような役割を果たすはずだった。
QuickDraw GXでは、TrueType GXと呼ばれる新世代フォントも採用予定だった。かつての活版印刷時代にあった豊かな文字表現をめざすべく、さまざまなオプション表現をサポートするはずだった(TrueType GXの機能は、Mac OS X付属の「Hoefler」や「Zapfino」など、一部のフォントで見ることができる。また、当時の印刷エンジンがめざしていたことは、Mac OS XのQuartzエンジンで実現された)。
QuickDraw GXも、PowerTalkも、OpenDocも、確かに画期的な技術ではあった。しかしなかなか完成せず、理解が難しい技術であったことから、OSの標準機能として認められずにオプションインストールの機能という扱いになっていた。このため、なかなかユーザーに広まらない。ユーザーに広まらないから対応アプリケーションも出ない、という悪循環にはまっていた。そしてスティーブ・ジョブズのアップル復帰とともに、姿を消してしまった。
わずかに生き残ったのは、柔軟性に優れた画期的なネットワーク技術のOpenTransportとAppleScriptだった。しかし、OpenTransportもMac OS Xでは採用されなかった。Mac OS XのベースになっているBSD UNIXは、まったく別の通信技術に基づいており、これをOpenTransportベースにするのは大変なことだったからだ。
結局、Mac OS Xに唯一引き継がれたのはAppleScriptだけだった。
実は1998〜1999年頃まで、アップルは、Mac OS XではAppleScriptを捨てると公言していた。しかし、米国のDTP業界ではAppleScriptを使ってカタログ作成などの業務を自動化しているところが多く、AppleScriptがなくなるなら、Mac OS Xも使わないという声があがった。
これに応じるように、アップルはMac OS Xでも引き続きAppleScriptを使い続けることを誓った。まずは、AppleEventの通信がTCP/IP上で行なえるようにし、そこから一歩ずつことを進めた。このおかげで、Mac OS Xではネイティブ環境とClassic環境間でファイルのコピー&ペーストをしたり、AppleScriptで連携させたりといったことも可能になっている。
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