PCメーカーに限らず、さまざまな業種のインダストリアルデザインの部署では、“アドバンスデザイン”という、具体的に製品ではなく近未来のデザインを考えることでデザイナーの感性を養う機会を設けている場合が多い。デザイン部署の中にこのためのセクションを設け、一定期間アドバンスデザインだけをやって、そこで研いだ感性を持って再び現業部署に戻るわけだ。しかし、富士通の総合デザインセンターでは現在、このようなアドバンスデザインの部署を設けたりはしていないという。
石塚 デザイナーがアドバンスデザインばかりやっていると、かえってモチベーションが下がってしまう場合があります。やはりプロダクトデザインは市場に出して評価されなければ、デザイナーもどこをより所にしていいかわからないんですね。実際に市場に出る商品をやっているデザイナーと、アドバンスデザインをやっているデザイナーの間では商品に対する思い入れに温度差ができてしまって、結局うまくいかないケースもありました。
10年ほど前は社内にアドバンスデザインの部署を設けていた。しかし、上記のような理由で廃止し、現在では日々の仕事の中に組み込んでいるという。それも、市場からの評価を受けるという意味もあって、CEATECやWPCのようなイベントで展示するようにしている。これによってデザイナーのモチベーションが上がり、その結果デザインの質も上がるというわけだ。
石塚氏によると、評価の見えないアドバンスデザインだけをやっていたころに比べると、デザイナーのレベルはずっと高くなったという。こういった取り組みはしっかりと成果が出ており、例えば2007年にはUMPCの未来形を提案して、世界的にもっとも権威のあるデザイン賞の1つiFデザイン賞を獲得した。
また、デザインの質を高めるために外部のデザイン事務所とのコラボレーションも積極的に行っている。その取り入れ方はさまざまで、前述のようなアドバンスデザインに関わってくるケースもあれば、製品のコンセプトを考える過程で協業し、場合によってはそのまま実際の製品のデザインに反映されていくものもあるという。先に述べたUMPCのアドバンスデザイン「UMPC・2005」では、アメリカのアンテナデザインとコラボレーションした。
石塚 やはり外部のデザイナーはしがらみがないため、極端な発想が可能です。「こんなの実際にどうやって作るんだよ」とまず現実的なところから入るのではなく、「こんなのあったらいいでしょ?」というところから入れるため、我々にとってはとても刺激になります。
このようなコラボレーションは、アドバンスデザインだけにとどまらない。“FMV-BIBLOの次期モデルを考える”といった商品コンセプトで協業して、それがそのまま実際に製品に反映されていくということもある。
その1つがスタンダードノートPCのFMV-BIBLO NFシリーズだ。アメリカのデザイン事務所と先行デザインで協業してデザインの方向付けを行い、その後、富士通のデザイナーの手を経て実際に製品になった。これは海外のデザイン事務所の成果が実際の製品になった成功例である。
インテルの新プラットフォーム“Santa Rosa”をいち早く採用し、2007年夏モデルとして装いも新たに登場したFMV-BIBLO MGシリーズは、ワイド化した液晶ディスプレイを装備して市場のニーズに応えつつ、LEDバックライト液晶を導入してボディの軽量・薄型化を図った意欲的な新モデルだ。
とはいえ、もともとFMV-BIBLO MGシリーズのターゲットがビジネスユーザーということもあり、代々のMGシリーズのコンセプトを継承したデザインとなっている。このMGシリーズの最新作をデザインしたのは、入社2年めの“新人デザイナー”黒澤氏である。
黒澤 このMGシリーズは、ビジネスユーザーがメインターゲットということで、代々のモデルが持っていた高い機能性や信頼感を表現するためのデザインは踏襲しました。ただ、ボディの厚さが22.4〜31.5ミリ(13.3インチ液晶ディスプレイ搭載モデルの場合)と前作に比べて劇的に薄くなりましたし、重量も1.7キロ前後とかなり軽くなっているなどスペック的にワンランク上がっていますから、ビジネスモバイル機として持ち歩くことに重点を置いてデザインをスタートしました。
黒澤氏が最初に描いたキースケッチは、前面から背面にかけて大きくアールを描いて面が回りこんでいるデザインが特徴だ。これは持ち歩くときに小脇に抱えた姿を格好よく見せようという意図で、前から後ろに流れるラインということを意識して描いたという。このコンセプトは黒澤氏が特にこだわった点で、デザインが段階を踏んでいく中でも最後まで貫かれている。
黒澤 ホームモバイルだとあまり持ち歩くことはないですよね。PCを持ち歩いて使うというのは、ビジネスモバイルならではのシーンだと思います。だから、手帳やバインダーのように、包み込むようなデザインをイメージしています。
このスケッチの段階では設計側の意図はあまり入っておらず、それよりもデザイナーとしての希望と、MGシリーズというモデルとしての課題をまとめている。今回の場合は、より薄くすべきという課題をまず提示し、設計側に“ここを検討して欲しい”というデザイナーの意図を示すのがこの段階なのだという。こういったスケッチを踏まえて、次のモックアップ制作段階に進む。ここで初めて設計側から部品の実装案が出て、商品としての販売戦略とすり合わせして、より具体的な検討へと入っていくわけだ。
今回見せていただいたMGのスケッチの第3段階では、逆ヒンジの検討も行われている。このデザインだと、当初の包み込むような丸みのあるフォルムを実現することができるということでの提案だったが、残念ながら「薄く」「軽く」を優先するために、逆ヒンジの採用は見送られた。この第3段階までが先行デザインで、この次のモックアップはほぼ製品に近い形の量産デザインへと移行している。ただ、これはモデルによってステップの数は異なり、この第3段階で実装が実現できていれば、これが量産デザインになることもあるという。
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