> コラム 2003年6月3日 08:11 PM 更新

週刊ドットブック
最終回 ビートルズからシェイクスピアへ02(3/3)

メディアには終わりがあります。そのことを知らされたのはレーザーディスクです。DVDもまたいつか姿を消す技術の産物として運命づけられたビークルでしょう。

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 ドン・ノーマン博士の「機械時代における人間性の擁護」でも、マービン・ミンスキー博士の「心の社会」においても、同様のことは試みられました。難解な専門書をひも解く手段としてこの方法を利用するのか、あるいは児童書のファンタジーとして使うのか、手段の適応ということでは、選択の広がりは着実にもたらされつつあったということでしょう。


一体それがなにを意味するのか、ミンスキー博士が脳の回路を示した図の上に登場して話しかけてくる。図の中の人物によって、無機的な図が親しみをもって受け入れられる事実を私たちは発見したように思った。<「マービン・ミンスキー・心の社会」CD-ROMより>

 しかし、ここで気をつけねばならないのは、手法があたえる印象というものです。手法が人の理解という極めて実直なものと結びつく場合は、同じ手法の繰り返しはポジティブに受け止められます。けれども、それが人の予断をさえぎるショックや開放感を伴う効果として利用されるとなると、同じ手段の繰り返しは予測可能になり、飽きられ廃れるものとなりがちだということです。

 「ルル」は多大の費用を注ぎ込み手の込んだつくり込みをしましたが、手法は限られたものです。プロデューサーは一定の手法を繰り返して、次々と違うお話に適応させていきました。その結果は、作るたびに売上を落としていくということに終わっていったのです。

 退屈とも思われる本がもつ形の単純さ、素っ気なさ、定型化は、本というシステムを確固とした不変として人々には受け入れられたのだと思います。単純だけど不変であったシステム……だから作家は一心に精力を注いで書き綴ることをよしとしたのでしょう。こみいった筋でも縦横無尽のファンタジーでも、中味にうつつをぬかしてよかったのです。一番シンプルな文字という道具を使って……。

 本それ自体のシステムが中味と深く関わるということは、変化にびっくりして一度は目を向けるものの、やがては飽きてシステムそのものを変化させる衝動にかられることになります。限りない刺激 “順応”との戦いです。そして前へ前へと限りなく進むことになります。市場も確立していない電子出版において、このことが可能だったとはおもえません、映画やゲームならいざ知らず。

 「シェイクスピア大全」について語るべきときがきたようです。

 ついに文字だけの世界にたどり着きました。実際には絵もない音もないわけではなく図版や朗読なども含まれているのですが、シェイクスピア全戯曲37篇と詩6篇を原文で収録(アーデン版モダンテキスト)してあり、日本の翻訳合計180作品を含むというテキストの圧巻としかいいようもないものなのです。偶然だったかもしれませんが、最新の電子出版の例としてあげるものがまるで文字だけの圧倒的な分量と、全戯曲、全台詞のリンクだったということは象徴的だとおもいます。

 坪内逍遙からはじまって福田恆存、小田島雄志、松岡和子という日本のシェイクスピア翻訳のほとんどが網羅されており、それら翻訳の比較は瞬時のリンクで理解可能なわけです。


「シェイクスピア大全」(新潮社刊)目次の部分ページ(左)と「ハムレット」のページ(右)台詞の全てにリンクが貼られ、それぞれの翻訳の違いをみることができる。リンクの数をかぞえたら気が遠くなる

 10年前、いきがって始めたビートルズの電子出版が、シェイクスピアの電子出版につながっていった流れは、まるで時間を逆に廻すなかに倒立した像を結んでいるような面白さを感じます。年を重ねたがゆえに見えてくるひねくれた倒立像ではないはずです。おそらくこれから続いていく何年かの電子出版においてもまた繰り返される深い意味をもつものではないでしょうか。

 倒立とは何でしょうか。おそらく単純にいえば「逆をいけ」ということだとおもいます。悲しいシーンで笑ったり、おかしい場面であえて真顔でいたりということです。やれるときにはやらないで済ますこともそうでしょう。ハイテクには努めてローテクで向かうこともそうでしょう。複雑には単純で、新には旧で……というように。

 これは字義の示すような簡単なことではないです。考えたうえに選んでそうしていることであり、おそらくだからこそ思考と意志を含んだことなのです。その意志が伝えられるのであり、それが本だったのです。

 東京国際ブックフェアが終わってすぐに、日本女子大の人間社会学部で一度お話しする機会がありました。きょうここで私が語ってきたことは、ブックフェアと日本女子大での話を一緒にして加筆したものです。それゆえに一つ大事なことを付記させてもらいます。

 こうして振り返って自分達の作品をみてわかったことに、何と女性のスタッフが多かったかということです。

 ミッキー(Mikki Halpin* )、メラニー(Melanie Goldstein*)、メアリーアン(Maryam Mohit*)、ダナ(Dina Silver*)……アリーン(Aleen Stein*)おもいだすだけでも何人かの個性的な顔がうかびます。今みても古びないしたたかな電子本の試みは、多くの女性たちの腕によって支えられていたのです。そこになにか理由があったのかないのかは今の私にはわかりません。ただつねに語り継ぐべきことではないのかとおもうのです。


ボイジャーの元気で素敵な女性たち。よくしゃべり、よく聞き、よく働き、ものおじせずに多くの知識人へ積極果敢に電子本の可能性をアピールした。1995年頃の写真

(注*) *Mikki Halpin 「A Hard Day's Night」のプロデューサー *Melanie Goldstein 「Donald A. Norman」のプロデューサー *Maryam Mohit 「Poetry in Motion」のプロデューサー *Dina Silver 「Who Built America」のプロデューサー *Aleen Stein 「ルル」のプロデューサー

[萩野正昭, ITmedia ]

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