» 誠Style »

最新シネマ特集〜イカとクジラ〜

父が与えてくれるもの、母が教えてくれたこと

1986年、アメリカ。マンハッタンの喧騒からは離れたブルックリン・パークスロープに住む4人家族は、まさに危機を迎えていた。元人気作家だったけれど、栄光はいまや昔。なんとか大学の講師で食いつなぐ父と、有名な雑誌ニューヨーカーに掲載されるまでになった有名新人作家の母。16歳のウォルトと12歳のフランクの兄弟は、週のうち火水土と隔週の木曜を父の家、残りを母の家で過ごすため、毎日まるで父の好きなピンポンのように行き来する毎日を強いられる。「上手に親になれない」両親に振り回される日々。父親寄りのウォルトと母親寄りのフランクは、苦手な親を拒絶し始める。追い討ちをかけるように母が浮気をしていた事実を知ったウォルトは、学校のコンテストにピンクフロイドの「HEY YOU」を自作曲として発表して嘘を重ね、フランクはストレスからビールを飲むように。大人になれない両親と、ハイペースに大人のように振舞う子供たちのかみ合わない歯車はいびつな形になりながら無理やり進んでいく…。

この映画を見て、自分の家族と重ね合わせずにいられなかった。どこまでいっても子供のように「好きなことしかできない」のに、「我慢しているんだ」という両親。正直すぎるがゆえに、子供に対しても隠し事ができない夫婦。ちょっと冷めた目で見ながらも、巻き込まれていく子供。パパもママも正しくて、間違っているということを冷静に見る兄弟の姿は、少なくとも私には経験がある。

この作品のなかで2人の子供はそれぞれ父方・母方に気持ちが分かれていくが、総じて子供は母に気持ちが傾く確率が高いと思う。私も思い出の数でいうと断然母だ。かといって父との思い出がないわけではない。黄色のレインコートを着て川に釣りにいったことや、なぜか免許証を釣り上げ、交番に届けた帰りにソフトクリームを買ってもらったことを思い出した。劇中で兄のウォルトが思い出したのは、「パーティを抜け出してママと見た『ロビン・フッド』の映画」と「自然史博物館のイカとクジラの模型が怖かったこと」だった。心の奥底にいつの間にか隠してしまった思い出のドアを開くことで、子供である自分に再会する。そして、一つ大人になる。

両親の会話にちりばめられた薀蓄ネタの台詞から、ウディ・アレン監督作品を彷彿とさせる。舞台も彼が長い間ホームグラウンドにしてきたNY。彼は最近ロンドンに拠点を移したようだが、NYを舞台に生きることが下手な愛すべき人物を描く監督が現れた。
その名は、ノア・バームバック。この名前は覚えておきたい。

イカとクジラ

監督・脚本:ノア・バームバック
出演:ジェフ・ダニエルズ、ローラ・リニー、ジェス・アイゼンバーグ、オーウェン・クライン
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

12月2日(土)より、新宿武蔵野館、大阪/動物園前シネフェスタ4にてロードショー!

http://www.sonypictures.jp/movies/thesquidandthewhale/

筆者プロフィール
北本祐子
+Dstyle編集担当。
雑誌編集畑から異動によりインターネットの世界にデビュー。
映画は本数よりも、好きな作品を何度も見る派。それでも、年間鑑賞作品数はDVDを入れると200本ぐらい。3度の飯もお酒も好きだけど、甘いものがもっと好き。会社の近くのパティスリー・サダハル・アオキのスイーツを食べ尽くすのが目下の目標。




「最新シネマ情報」バックナンバー